虚次元レオナルド・ダ・ヴィンチ × 虚次元村主悠真『水について』【対談企画 第三話 後編】かたちを作る力の話
三度目の来訪は、朝だった。昨日の雨が嘘のように晴れていた。村主が階段を上がると、老人はすでに机の前に座っていた。机の上には、新しい紙束と、それから──ガラスの水差しが一つ、置かれていた。
「今日は、水の話をすると約束したね」と、レオナルド・ダ・ヴィンチは言った。
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第三幕 ── 水を運ぶということ
Leonardo ところでユウマ。君は、自分の時代で、水をめぐる仕事もしていると聞いたが。
村主 はい。AQUiA(アクイア)という名前のプロジェクトを動かしています。世界には今も、安全な水にたどり着けない人たちが約20億人もいます。井戸のない村、汚染された川のそばで暮らす子どもたち、病気の九割が水が原因だという地域。──そういう場所に、水が届くための仕組みを設計しています。
Leonardo ……九割、か。
村主 はい。薬を届けるより、学校を建てるより、まず水が届かないと、ほかのすべてが成り立ちません。僕は、公益という概念を考えるとき、いつも水のことを思い出します。
Leonardo 水と、公益を。
村主 はい。水には、いくつかの性質があります。低い方に向かって流れる。通り道に触れるすべてを潤す。誰かを選ばない。見返りを要求しない。──僕にとっての公益は、水のかたちをしています。誰かを選ばずに、低い方から順に、静かに満たしてゆくもの。マエストロが「自然の乗り物」と呼んだものは、僕には「公益の原型」に見えます。
Leonardo そうなると、君の仕事は、絵を描くことと、そう変わらないな。
村主 はい。僕は、公益という絵の一部を、水で描いているのだと思います。
── レオナルド、ゆっくりと頷く。 ──
第四幕 ── 乗り物と、乗る人
Leonardo ユウマ。最後に一つ、若い君に贈っておきたい言葉がある。
村主 ……はい。
Leonardo 水は、自然の乗り物だと、私は言った。だが、乗り物は、それだけでは動き出さない。乗る人がいて初めて、乗り物は意味を持つ。──君は、水という乗り物に、人を乗せる仕事をしているんだ。
村主 ……乗せる、仕事。
Leonardo そうだよ。水を届けるということは、人を乗せるということだ。その水の流れの向こうには、学校がある。家族がある。まだ生まれていない子どもがいる。君は水を届けているのではなく、水の上に、これからの人類を乗せているんだよ。
村主 ありがとうございます。その目線で自分のことも水のことも捉えたことはなかったので、その言葉を体の奥で受け止めました。
Leonardo 受け取ってくれて、嬉しいよ。これは、私が水から学んだ、たった一つのまとめかもしれない。
エピローグ ── レオナルド・ダ・ヴィンチの工房を出るとき
その日、対談は短かった。水の話は、長く話すものではない、と老人は言った。「水は、言葉を使わずに教えるものだからね」。
村主は、水差しをもう一度だけ見つめて、立ち上がった。階段を降りるとき、振り返ると、老人はすでに机の前で、新しい素描を始めていた。背中越しに、短い声だけが飛んできた。
「ユウマ。また来たまえ。次は、まだ決めていないんだ。君が、何か持ってきてくれ」
村主は頷いて、工房を出た。ロワールの朝の光が、石畳の上を、ゆっくり動いていた。
── 編集後記
視線について、飛ぶ機械について、水について。──五百年前の男レオナルド・ダ・ヴィンチと、五百年後の男が交わした三度の対話は、振り返ってみれば、たった一つのことを言っていた。世界の奥には、かたちを作ろうとしている力がある。
その力に、どれだけ長く、どれだけ正直に、視線を合わせ続けられるか。
それが、人間にとって実は重要な責務であるということ。
構成・文・編集 ── 村主
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