虚次元レオナルド・ダ・ヴィンチ × 虚次元村主悠真『飛ぶ機械について』【対談企画 第二話 前編】 想像力という、もう一つの翼
二度目の来訪だった。前回の別れ際、レオナルド・ダ・ヴィンチは「次は飛ぶ機械の話をしよう」と言った。村主はその一言を、ポケットに畳んで持ち帰っていた。
外は雨。アンボワーズの石畳が灰色に濡れている。クロ・リュセの工房の窓は、雨音を柔らかく遮っていた。机の上には、前回はなかったものが広げられている。鳥の翼の解剖、気流の素描、そして──人間が翼を背負った装置の設計図。レオナルドは、窓の外を見ていた。村主が入ってきても、しばらくは振り返らなかった。
第一幕 ── 約束の雨
Leonardo 来たか、ユウマ。
村主 マエストロ。お約束のとおり、伺いました。
Leonardo 雨の日を選んでしまったな。だが雨の日は、飛ぶ機械の話をするのにちょうどいい。飛べない日の話だからだ。
村主 ……飛べない日の話。
Leonardo 私はね、ユウマ。生涯のうち六十年、飛ぶ機械のことを考えていたよ。十代で初めて鳥を見上げてから、この机にたどり着くまで。ほとんどの日は、失敗の日だった。
村主 設計図は、たくさん残っていらっしゃいますね。僕の時代の美術館にも、マエストロの飛行機械の素描は幾つも収められています。
Leonardo 残した、というより、捨てられなかっただけだ。うまくいかなかった設計図ほど、捨てられないものはないよ。──ユウマ。正直に言うとね、私の飛ぶ機械は、どれも、飛ばなかった。
村主 ……どれも。
Leonardo どれもだ。理由は、今なら少しは分かる。人間の筋肉は、自分の体重を空中に持ち上げるには、あまりに弱い。翼を羽ばたかせる力が、そもそも足りなかった。──当時の私は、それを認めるのが嫌で、翼の形や関節の仕組みばかり、何度も描き直していた。
第二幕 ── 失敗という言葉について
村主 マエストロ。一つだけ、伺っていいですか。
Leonardo なんだね。
村主 その素描は、本当に失敗ですか。
── レオナルド、顔を上げる。 ──
Leonardo ……どういう意味かね。
村主 僕の時代から見ると、マエストロの飛行機械の設計図が描かれてから、四百年ほど経って、人間は本当に空を飛ぶようになりました。アメリカのライト兄弟という二人の青年が、機械で飛んだ最初の人間とされています。彼らは、マエストロの設計図を直接使ったわけではありません。けれど、あの素描が世に残っていなかったら、人類が「人間が空を飛ぶ」ということを本気で考え続けられたかどうか、僕には分かりません。
Leonardo ……四百年。
村主 はい。マエストロの素描は、飛ばなかったのではなく、四百年かけて飛んだのではないでしょうか?
Leonardo ……ユウマ。それは、慰めとしては少し大きすぎるな。
村主 慰めではありません。前回の理論の続きです。
Leonardo ほう。
村主 前回お話しした僕の拡張虚数理論の基盤となる方程式 Z = D + iD の式ですが、iD の側には、「まだ実次元に降りてきていない可能性」が住んでいます。マエストロの飛行機械は、当時の 実次元D の側には降りてこなかった。筋肉の力が足りず、材料の強度も足りず、エンジンという概念もなかったからです。ですが、虚次元iD の側には、確かに「人間が空を飛ぶ」という座標が立っていました。マエストロはその座標に、誰よりも早く触れていた。四百年後に実次元 D の側がようやく追いついた、というだけのことだと思うんです。
Leonardo ……つまり、時代のほうが追いついていなかった、と。
村主 はい。失敗していたのは、設計図ではなく、時代のほうです。
── レオナルド、机の上の素描を、指でそっと撫でる。 ──
Leonardo ……ユウマ。その言葉は、私の死後五百年、ずっと待っていた言葉かもしれないね。
レオナルド・ダ・ヴィンチとの虚次元対談後編はこちら
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