虚次元レオナルド・ダ・ヴィンチ × 虚次元村主悠真『水について』【対談企画 第三話 前編】かたちを作る力の話
三度目の来訪は、朝だった。昨日の雨が嘘のように晴れていた。村主が階段を上がると、老人はすでに机の前に座っていた。机の上には、新しい紙束と、それから──ガラスの水差しが一つ、置かれていた。
「今日は、水の話をすると約束したね」と、レオナルド・ダ・ヴィンチは言った。
第一幕 ── レオナルド・ダ・ヴィンチの水差し
Leonardo ユウマ、座りたまえ。今日はまず、この水差しを見てほしい。
村主 ……水差し、ですか。
Leonardo そうだ。私はね、ユウマ。水というものを、生涯で最も長く観察した。絵よりも、解剖よりも、飛ぶ機械よりも、長かったかもしれない。六十年、水を見ていた。それでも私は、水のことを、ほとんど何も分からないまま死ぬ。
村主 ……何も、分からないまま。
Leonardo これは謙遜ではないよ。本当に、分からなかったんだ。水は、かたちを持たないのに、かたちを作る。自分の形を主張しないのに、触れたものすべての形を決めてしまう。渦を描き、波を立て、岩を削り、平地を作り、作物を育て、町を滅ぼす。──水の話をするときだけ、私は自分が子どもだったと認められるんだ。
村主 ……。なるほど。。。
Leonardo 私は水を「自然の乗り物」と呼んでいた。Il vetturale della natura、とね。自然のすべての変化は、水に乗ってやってくる。水がなければ、この世界には、動いているものは何一つない。
第二幕 ── かたちを作る力
村主 マエストロ。僕は今、マエストロの言葉を伺いながら、自分の理論の核心を言い当てられた気がしています。
Leonardo ほう。
村主 第一話でお話しした虚次元 iD の層を、僕はずっと「かたちを作る力が住んでいる場所」と説明してきました。渦の「渦であろうとする力」、絵の「描かれる前の空間」。──マエストロが「水は自然の乗り物だ」とおっしゃった瞬間、気づきました。僕の言う iD は、マエストロの言う水と、同じものを指しているのかもしれない、と。
Leonardo ……同じもの。
村主 はい。かたちを持たないのに、触れたすべてのかたちを決める。主張しないのに、動かす。水は、実次元の中に例外的に現れた、iD そのものなのかもしれません。
── レオナルド、水差しを光にかざす。 ──
Leonardo ユウマ。晩年になって、ようやく気づいたんだ。水は、私が描いたのではない。水が、私に描かせていた、という感覚が、ずっと残っていた。絵の具の中で一番よく動くのも、水だ。水は、絵描きの側ではなく、絵の側にいたんだ。
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