虚次元レオナルド・ダ・ヴィンチ × 虚次元村主悠真『飛ぶ機械について』【対談企画 第二話 後編】 想像力という、もう一つの翼
二度目の来訪だった。前回の別れ際、レオナルド・ダ・ヴィンチは「次は飛ぶ機械の話をしよう」と言った。村主はその一言を、ポケットに畳んで持ち帰っていた。
外は雨。アンボワーズの石畳が灰色に濡れている。クロ・リュセの工房の窓は、雨音を柔らかく遮っていた。机の上には、前回はなかったものが広げられている。鳥の翼の解剖、気流の素描、そして──人間が翼を背負った装置の設計図。レオナルドは、窓の外を見ていた。村主が入ってきても、しばらくは振り返らなかった。
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第三幕 ── 想像力は、翼の設計図である
Leonardo ところでユウマ。君は、想像力というものをどう見ているかね。私は生涯、想像力こそが自分の道具だと思ってきた。だが、それを他人に説明する言葉は、ついに持てなかった。
村主 ……僕にとって、想像力は、虚次元の側から実次元に届く「設計図」のことです。まだ存在していないものの、先に形だけが降りてくる。マエストロが紙の上に描いた翼の素描は、まさにその一例だと思います。
Leonardo 設計図、か。
村主 はい。想像力は、自由な妄想ではなく、まだ見えないもののかたちを先に受け取る、受信機のようなものだと僕は思っています。受け取った時点ではまだ飛べない。けれど、受け取った人間が紙に描き残して実次元化しておけば、いつか、どこかで、誰かがそれを飛ばします。
Leonardo 君自身も、そういう設計図を、いくつも描いているのかね。
村主 描いている、と思います。今はまだ飛ばないものも、たくさんあります。たくさんの失敗も積み重ねてきてしまいました。世界中の孤児を一つの家族のように扱うネットワークも、人身売買を経済の仕組みそのものから終わらせる設計も、水を誰もが同じように受け取れる仕組みも。──今の時代の D の側から見れば、どれも少し早すぎるように映っているはずです。
Leonardo それでも描くのは、なぜだね。
村主 今無理にでも描いておかないと、次の時代が受け取れないからです。マエストロが六十年間、飛ばない翼を、それでも描き続けてくださったように。
第四幕 ── 飛ばない日のために
── レオナルド、長い沈黙。やがて、ごく静かに笑う。 ──
Leonardo ユウマ。私はね、若い頃、飛ばない日のことを「無駄な一日」だと思っていたんだ。翼を描いても、飛ばなければ何の意味もない、と。だが晩年になって、少し考えが変わった。飛ばない日があるから、翼の線が少しずつ整ってゆくんだ、と。飛ばないことそのものに、意味があったんだ、と。
村主 それは、まさに今の僕に必要なありがたいお言葉です。
Leonardo 君も、飛ばない日が多いかね。
村主 多いです。僕の描くものの大半は、今の世界の側では、まだ意味を持っていません。読まれない文章、届かない言葉、掴めない概念、言語化できない微熱。特に今の時代は、目先の瞬間的な成果が重要視されてしまうんです。──でも、マエストロの話を伺って、少し安心しました。飛ばない日は、翼を整える日でもあるんですね。
Leonardo そうだよ。それから、もう一つ付け加えさせてくれ。──飛ばない日は、自分のためにあるのではない。四百年後の誰かのためにあるんだ。
── 村主、深く頷く。 ──
エピローグ ── 雨が上がる
いつの間にか、外の雨音が弱くなっていた。レオナルドは机の上の一枚の素描──翼を広げた機械の図──を、丸めずにそっと村主の方に差し出した。「これは君に預けておこう。この素描の主は、たぶん私ではなく、まだ生まれていない誰かだから」。
村主はしばらく、その紙を見つめた。やがて丁寧に両手で受け取り、胸の前に抱いた。窓の外、アンボワーズの石畳が、薄い光を返し始めていた。
「また来たまえ、ユウマ。次は、水の話をしよう」。
── 編集後記
この対談は、もちろん架空である。
飛ばなかった翼の話は、飛んだ翼の話よりも長く残る。レオナルド・ダ・ヴィンチの六十年は、ライト兄弟の十二秒より、ずっと長い時間、人類を飛ばせていた。
想像力は、翼の設計図である。
構成・文・編集 ── 村主
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