行動できない人へ──「動けない」のではなく、「やらなくていい」だけかもしれない
「今すぐ行動しろ」に騙されるな
「行動できない」という悩みには、決まって二つの正反対のアドバイスがぶつかる。「やってみないとわからないから、まず動け」という声と、「しっかり戦略を練ってリスクを考えてから動け」という声だ。だが、この二つはどちらも正しく、同時にどちらも人によっては間違っている。重要なのは、どちらが正解かを探すことではない。自分が今、どちらの状態にいるのかを見極めることだ。
動けないのは、脳があなたを守っているだけかもしれない
人が本当の意味で、魂レベルでやるべきことであれば、そもそも動けないということ自体が起こりにくいはずだ。逆に言えば、今動けずにいることの多くは、他人の影響を受けて「やりたい」と思わされただけの、本質的ではない願望である可能性がある。人間の脳は、本能的に行動範囲から大きく踏み出すことを制御するようにできている。それは、危険から身を守るための機能でもある。「動けなかった」のではなく、「止められていた」だけだったのかもしれない。それは、悪いことではない。
成功と失敗は、あとから書き換えられる
多くの人は、成功と失敗をその瞬間の結果だけで判断しようとする。だが、会社を潰した経験がその後の成功の土台になることもあれば、一億円を稼いだ成功がその後の破産につながることもある。長い時間軸で見れば、大変だった経験ほど、あとから「あれがあったから今の自分がある」という美しい記憶に書き換えられていく。だとすれば、本当に恐れるべきは失敗ではない。挑戦しなかったという事実の方だ。成功する確率が十回に一回だとしても、九回の失敗をくぐらなければ十回目にはたどり着けないかもしれない。
SNSで脳を休めているつもりが、地獄の入口になる
日々の思考に疲れると、人はSNSを開いてクールダウンしようとする。だが、それは休息ではなく中毒の入口だ。本当に脳を軽くしたいなら、全ての情報を遮断してただ座る時間をつくった方がいい。それが難しければ、大きなノートに思っていることをひたすら書き出すだけでもいい。普段会わないタイプの人に会うこと、いつもは読まないジャンルの本を手に取ること。そうしたひとつひとつが、物事を高い視座から見る抽象度を築き上げていく。
「動けない」という状態は、欠陥ではない。それは、まだ本質的なタイミングではないという合図か、あるいは、まだ臨場感が足りていないだけの状態だ。
だからこそ問うべきは、「なぜ自分は動けないのか」ではない。「今、動かないことも含めて、自分はどんな人生を選び取ろうとしているのか」──それこそが、行動できない自分と向き合うための、本当の問いだ。
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