人を作り上げてるものは「過去」という幻想── 守っている限り、次は来ない
人は人生を賭けて積み上げたもので構成されている。大切に守り抜き、失敗から立ち上がり、後悔と期待の狭間で揺れ続け、誤魔化せる範囲で妥協し、それでも自分を愛し、周囲との調和を取って生きている。
自分が定めた特定の領域で結果を出すことで信用を構築し、その結果また次の仕事に繋がる。経験という財産の上で築いた自分自身に、少しずつ守るものが現れる。
そしてその守るものの大きさに比例してそれが重りになる。守るべきものと認識してしまった瞬間に相対的価値が上がり、「失いたくない」という思いが強くなる。その結果、前に進むための思考はリスクと感じられるようになり、現在位置を保つ優先順位が無意識下で増大する。
積み上げは資産だ、に騙されるな
── 楽な場所ほど、人は止まる
慣れた環境は、当然居心地がいい。やり方は分かっている。何が起きても、だいたい対処できる。
だから、そこでは工夫する必要がない。思考コストが最小限まで下げられた状態で安定している分、新しい行動や発想は求められない。人は本来、環境が変わり、困り、工夫することで伸びてきた生き物だ。その循環が止まる。
本当の意味で人が壊れるのは、つらい場所ではなく、楽な場所だ。
安定しているのに、なぜか満たされない。その感覚は、止まっていることへの最大の警告である。
どんなに破壊しても残るものが真の価値
一度壊してしまうと全てを失ってしまう。そんな恐怖心に心も体も拘束されてしまっている人が多い。新たな環境やステージに踏み出すことで、肩書きや立場が消えることはあるが、それまでに積み上げる過程で身についた力は、絶対に消えない。人と信頼を築く力、困難を越える力、最後までやり抜く力や洞察力。
むしろ形を外したときに、その経験や能力の本当の価値が分かる。肩書きに守られていたのか、自分の力だったのか。生々しく外界に晒されることで価値が再認識される。
── 壊すことは、捨てることとは違う
何もかも投げ出せ、という話ではない。無謀な賭けを勧めているわけでもない。
守ることが目的になっている部分を、一度疑ってみる。これは本当に守る価値があるのか、ただ失うのが怖いだけなのか。
そう問い直すだけで、手放してもいいものが意外と見えてくる。
まずは守ることで、何を止めているかをメタ認知するところから始めたい。
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