自分の器以上のものは、来ない── 人も情報もお金も、すべて許容量で決まる
いい話が来ない。チャンスに恵まれない。そう感じることがある。
だが、来ていないのではなく、ただ受け取れていないだけ。と考えてみる。
許容量で決まるのは、人間関係だけではない
人付き合いに容量があることは、感覚として分かりやすい。一度に深く関われる人数には限りがある。
同じことが、チャンスにも、運にも、縁にも当てはまる。情報にも、お金にも当てはまる。全ては己の容量に依存する。
情報も同じだ。同じニュースを見ても、その中から深い情報が拾える人と素通りする人がいる。入ってくる量が違うのではなく、受け取れる量が違う。
── 自分の器以上のものは、来ない
そして、来たとしても受けられない。大きな話が持ち込まれたのに、判断できずに断ってしまう。大きな金額が動く場面で、怖くなって降りてしまう。だが周りには自分にはチャンスがないと言い続ける。
その場では、慎重な判断に見える。だが実際には、容量が足りていなかったということが多い。
この容量を決めている最重要のポイントが、どこまでの範囲を自分のこととして見ているか、という点になる。
だから、容量を広げる行動を先に取る
新しい出会い。新しい挑戦。行ったことのない国。これらはすべて、自己の容量を拡大する行為にあたる。いずれも、いまの自分より少し大きいものに触れる経験だ。触れると、扱える幅が広がる。広がった分だけ、次に受け取れるものが変わる。
順番としては、器が広がってからチャンスが来る。チャンスが来てから広げようとしても、たいてい間に合わない。
── 収入だけでなく、支出も広げる
容量を広げるとき、多くの人は収入源を増やすことを考えるが、同時に、支出先を広げるというアプローチもある。今までの自分の常識を超える消費をしてみる。新しい領域に踏み出してみる。未経験の寄付はそのいい例だ。自分のためではない使い方を持つことで、認識が扱える範囲が変わる。
これを繰り返すことで、意識の領域が拡張し、自分の領域が拡張する。
今まで受け取れなかった何かを受け取れるようになる可能性が少し上がるのを、是非とも認識してみてほしい。
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