質問がうまい人は、答えを求めない── 情報を取る質問と、思考を動かす質問の違い
人から何かを質問されたあとで、妙に頭が整理されていることがある。話すつもりのなかったことまで出ていた。相手は特別なことを聞いていない。なのに、こちらの中身が動いている。
逆に、丁寧な質問を数多く受けても、何も動かないまま終わることがある。過不足なく答え、正確に伝わり、それで終わる。
この差は、質問の技術の差ではない。その質問が何をしようとしていたか、目的の差だ。
良い質問と的確な質問の違い
的確さは、情報を効率よく取るための性質だ。目的が情報取得なら、それでいい。
だが、相手の中で何かを動かしたい場合、必要な性質は別になる。的確さはむしろ邪魔になることさえある。この二つが、たいてい混同されている。
── 情報を取る質問は、相手の中にある答えを出させる
いつ、どこで、いくらで、なぜそうしたのか。答えは相手の中に既にある。取り出すだけだ。
だから、答えは滑らかに出る。滑らかに出た答えは、相手にとっては何度目かの再生になる。すでに言語化を終えた塊を、そのまま渡しているだけだ。
再生されただけの言葉は、話し手自身を通過しない。最小限の摩擦で出力された言葉には、本当の熱量は乗らず、もはや何もなかったかのようにさえ思えることがある。
── 思考を動かす質問は、まだ答えのない場所を指す
うまい聞き手は、相手が用意していない場所を突く。考えたことのなかった角度。一度も並べたことのない二つを、並べる問い。
そのとき、相手は沈黙し、回転が始まる。思考と言葉を紡ぎ、最適な表現を模索する。そこで初めてその人の本当の想いや熱量が乗る。準備していた「いつもの答え」を超え、新しい表現が浮かび上がる。
問いを投げる側の視点に立つと、沈黙を怖がらずに待つことが重要だ。相手の言葉を詰まらせることができた質問を投げることができたと認識し、ゆっくりと待ちながら次の問いを考える。
質問の射程は、質問者の視座を超えない
もう一つの重要な視点として、人は自分の視座を超える問いは立てられないということだ。相手の視座に立ちながら、想像を働かせられる範囲で相手の立場に立ち、問いを深めることにも限界がある。
質問力を鍛える、という言い方には、この部分が抜けていることが多い。型を増やしても、視座が低いなら、出てくる問いは相手からすると凡庸に思える。
だが逆だ。答えを想定した質問は、質問ではない
こう答えてほしい、という形を持ったまま聞くと、それは確認になる。相手はたいてい気づく。気づかれた瞬間、会話は形式に変わる。
誘導だけの話ではない。良い答えを引き出したい、という善意も同じ働きをする。期待された答えの形が見えると、人はそこに合わせにいく。合わせにいった時点で、その人はもう考えていない。
本当の質問は、自分の側にも答えがない。だから、返ってきたもので自分も動く。動く覚悟のない問いは、相手も動かさない。
問いは、投げるものではない。自分もその中に入るものだ。
問うべきは、何を聞くかではない。相手の、どこを動かすかだ。
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