本来の自分という幻想とリアル。過去の積み上げから抜け出すことで辿り着くもの。── 生まれる前から存在していたかのような座標構造
本来の自分、という言い方がある。だが、それが何を指しているのかは曖昧なまま使われることが多い。
それは、欲望でも理想像でもない、生まれる前から存在していたかのような座標構造のことだ。
「本来の自分が生きるであろう座標軸」
いまの自分は、いろいろなものに影響されている。日本という国。育った環境。親の慣習。日本語という特性。学力やスポーツによる学生時代の経験。
その状態を一度外して、本当はこうだ、という位置を置く。過去の積み上げで作り上げた自分という作品ではなく、本来の自分の濃度が濃い状態の座標軸として捉えると分かりやすい。
だから、これは目標設定とは違う。自分で決めるというより、既にあるものを見つけにいく作業に近い。
── 追い求めてしまうもの、という性質
この座標軸には、特徴的な性質がある。理屈で選ぶのではなく、追い求めてしまう。
掴み方も、分析ではない。内的共鳴、感受、使命感覚によって気配を掴むものとされる。はっきり見えるのではなく、気配として先に届く。
だが、その微細な感覚は殺されやすい
問題はここにある。微細なものを感じ取れるはずなのに、それを殺す構造や設計になっているのが現代社会だ。
情報も、評価も、目先の判断も、すべて外側から供給される。その量に埋もれると、内側から届く気配は最初に切り捨てられる。
ここで再評価されるのが瞑想だ。最初は単純に目を瞑るだけで良い。まずは外ではなく内を観る目を思い出す。そこから、更に高度な瞑想を追求すればいい。
そして、なんとなくの本来の自分のイメージに辿り着けたとして、それをどうやって具現化するか。過去の積み上げから脱却し、リアルな未来として臨場感を持つか。
ブランディングのような作業も、この文脈に入る。六次元を感じて、それに最も近い状態を五次元上の情報空間にどう落とし込むか。意識してやれば、再現性を持って繋がっていく。
もちろんこれは論理構造の話なので、具現化への具体的なメソッドの話ではない。
まず四次元的な思考制限を外し、その先に、六次元や新たな自分自身に辿り着く。
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