世界平和に、形を与える── PEACE! モニュメントProjectが世界に落とすもの
誰もが賛成し、誰も本気にしない言葉『世界平和』
PEACEには形がない──だから、人は動かない。動けない。
「世界平和」という言葉ほど、誰もが賛成し、誰も本気にしていない言葉はない。
平和は大事だ。戦争はいけない。争いはよくない。
それは全員が「思っている」。思っていて、何もしない。
なぜか。平和には形がないからだ。
目に見えないものを、人は信じ続けられない
お金には形がある。愛情や友情には手触りがある。世界平和には──何がある?
目に見えないものを、人は信じ続けることが難しい。
お金や事業や人間関係も含めて、基本的には見える。愛情や友情や夢のように、一見見えるものではないが、一応日々の手触りはある。
平和には、そういう形がない。抽象的で、曖昧で、どこか他人事だ。
それは、平和とは、そういう形がない状態を呼ぶからだ。人の頭から平和なんてことが消えることが平和ということなんだと思う。日本人の平和ボケと揶揄される状態がある種の答えの一つではあるということだ。
PEACEモニュメントを、紛争の記憶が残る土地に落とす
見るたびに、意識の片隅に「平和」が刻まれる
DROP PEACE! Projectは、巨大なPEACEモニュメントを世界各地に正解平和の象徴として「ドロップ」するアートプロジェクトだ。
カンボジア。フィリピン。スリランカ。コンゴ。ウガンダ。ガザ。
紛争の記憶が残る土地。今も緊張が続く土地。そこに、「PEACE」という文字がモニュメントとして物理的に存在する。
通りかかった子どもが見る。買い物帰りの母親が見る。兵士が見る。政治家が見る。
何も変わらないかもしれない。でも、見るたびに、意識の片隅に「世界平和」という概念が刻み込まれる。
世界平和を「祈る」のではなく、「設置する」
PEACEが街角に落ちている世界をつくる
人間の集合意識は、繰り返し接触するものに影響される。
広告の原理と同じだ。PEACE世界平和の象徴のモニュメントとしても何度も見ることで、無意識に刷り込まれる。
だったら、世界中の人が何度も「PEACE」を目にする環境をつくればいい。
見慣れた風景の中に、平和が当たり前に存在する世界。
それは理想論ではなく、設計の話だ。
平和を「祈る」のではなく、平和を「設置する」。物理的に。世界中に。
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