砂に囲まれた場所に、緑があった──中村哲さんの記念公園を訪ねて
岩と砂しかない5時間
カブールから車で5時間。冷房は途中で壊れ、窓は全開になる。砂埃がそのまま車内に入る。空気は最初から悪い。途中のほとんどが岩だった。岩山と砂と、乾いた空気しかない。緑という色が視界に入らない時間が、何時間も続く。道路の舗装は途中で切れ、最後の10分は土の轍だけになって、どこが道なのかもわからなくなる。
アフガンで一番有名な日本人
向かったのは、中村哲さんの記念公園だ。アフガンに関わる日本人のなかでは著名な方で、最近のことはわからないが、少なくとも数年前までは「アフガンで一番有名な日本人」と言われていた。
もともとは医師である。パキスタンのペシャワールでハンセン病の治療にあたっていた人が、2000年の大干ばつを転機に、専門外の水と土木の世界へ踏み込んだ。井戸を1600本掘り、2003年からは「緑の大地計画」として用水路の建設を始める。晩年の数十年を、その活動に捧げた。
現地での呼び名は「カカ・ムラド」。ナカムラのおじさん、という意味だ。アフガンで僕が日本人というだけで歓迎されることがあるのは、この人の影響が大きい。それはいつも感じていた。
25.5キロの水路が変えたもの
クナール川から水を引くマルワリード用水路は、全長25.5キロ。2010年2月に全線が開通した。これ単体で約3000ヘクタールを潤す。周辺の取水堰の整備まで含めれば、およそ1万6500ヘクタールが安定灌漑され、65万人の生活が支えられている計算になる。福岡市の面積の半分ほどの荒地が、農地に変わった。廃村が、次々と復活した。
2019年12月4日
中村さんは2019年12月4日、ナンガルハル州の州都ジャララバードで車で移動中に銃撃され、亡くなった。73歳。同乗していたアフガン人の同僚たちも、同時に命を落としている。
葬送は、現地でも凄まじい規模で執り行われた。
突如ひらける、緑
岩と土の道の先に、突然、緑の空間が広がる。規模がおかしい。ここがガンベリ——かつて「死の砂漠」と呼ばれた土地だと教えられて、ようやく理解が追いつく。この緑そのものが、哲さんの仕事の結果なのだと。
園内には白い大理石の記念塔が立つ。高さは約15メートル。中村さんの誕生日である9月15日に合わせて、2020年に完成したもの。
生前、「もし自分が死んだらガンベリに埋めてほしい」と話していたそうだ。遺骨の一部は、その言葉どおり、この場所にある。
日本にいては、わからない
僕ら日本人からすれば、緑の公園など見慣れた風景でしかない。それを砂に囲まれたアフガンに具現化させたことの本当の凄さと大変さは、日本に住む僕らには絶対にわからない。
今回、五時間の道のりを超えて現地に直接触れたことで、現地の人の感動が、少しだけわかったような気がした。
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