戦略的純度と、存在的純度── 「金のための野球」も、ある意味で純度が高い
人の魅力や姿勢を示す言葉として、あの人は純度が高いとか不純だとかいう表現がある。
ただこの場合、この表現には二つの意味が混ざっている。分かりやすい例を挙げると、野球そのものを極めたい人は、野球という競技への純度が高い。一方、金を稼ぐために野球を使う人は、金銭目標への純度が高いと言える。
方向の純度は、目的に対する一直線さ
この金銭への純度のようなものを戦略的純度と呼ぶ。目的に対して、どれだけ一直線か。
この意味では、「金のための野球」も、ある意味で純度が高いことになる。目的が金銭であり、そこに向かって迷いなく手段が選ばれているなら、ベクトルとしてはまっすぐだからだ。
つまり戦略的純度は、目的の中身を問わない。問うのは、そこへの一貫性だけになる。
── 意識の純度は、存在の整合を問う
もう一つが、存在的純度だ。こちらは、存在そのものが本質的自己と整合しているかを見る。
この意味では、「野球そのものが喜び」というタイプのほうが純度が高い。何かのための手段として位置づけられておらず、行為と存在が一致しているからだ。
この二つは、独立して成立する
戦略的純度が高くて、存在的純度が低い状態はある。目標に一直線だが、その目標が自分の本質と噛み合っていない場合だ。走れば走るほど、遠くなる感覚が出ることもある。
逆に、存在的純度が高くて、戦略的純度が低い状態もある。やっていること自体は喜びなのに、目的が定まらず、力が分散している。
どちらも、外から見れば「純度が高い人」あるいは「熱心な人」に見える。だが、詰まっている場所が違う。
── どちらから直すかは、症状で決まる
進んでいるのに満たされないなら、存在的純度の側に問題がある。目的そのものを疑う段階だ。
満たされているのに進まないなら、戦略的純度の側になる。何かしら歩み方に変更が必要な可能性が高い。
この診断を飛ばして「もっと頑張る」に進むと、どちらの場合も悪化する。前者は目的から遠ざかり、後者は分散が増える。自分がいま向き合っているのは、どちらの純度か。
いずれにせよ、戦略的純度だけを上げ続けた先に、存在的純度の問題が必ず出てくる。順番として先に来るのは前者でいい。
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