「まだ分かっていない」と「まだ形になっていない」は違う── 未知と、意味以前を分ける
未知のほとんどは、すでに座標の上にある
情報が足りない。まだ観測していない。これらは調べれば埋まる。哲学ではこうした未知を「認識論的な未知」と呼ぶ。世界の側には答えがあり、こちらの知識が追いついていないだけ、という種類の欠けである。
仮説や想像も同じ側にある。仮説は、すでに意味の形をとっている。形があるからこそ「どういう事実が出れば誤りと分かるか」を事前に示せるという性質が成り立ち、検証という手続きが動き出す。
暗黙知、隠れた変数、ノイズや測定誤差も変わらない。名前がついていなくても、既存の枠組みのどこに入るかは決まっている。「誤差」と呼べた時点で、それはもう枠の内側に収まっている。
── 分からないのではなく、埋まっていないだけ
拡張虚数理論の言葉でいえば、これらはすべて実次元(D)に属する。実次元とは、意味として立ち上がり、記述の座標の上に位置をもつものの全体だ。置き場所は決まっている。決まっていないのは、そこに入る値だけである。
だから、調べる、実験する、推論するといった作業が効く。日常で「分からない」と口にするものの大半はここに属している。手順が決まっている以上、悩み込む必要はない。
置き場所そのものがない層
これとは別に、まだ意味として立ち上がっていない層がある。理論ではこれを虚次元(iD)として扱い、「非意味・非顕在・非定義のままの構造的余剰」と定義している。構造的余剰とは、記述をどれほど精密にしても、記述の外側に必ず残る部分のことだ。
この層は、調べても出てこない。推論しても届かない。推論という作業そのものが、既存の座標系を使って行われるからだ。座標系の内側をいくら丁寧に探索しても、座標系の外側には一歩も出られない。
ここで言う「まだ形になっていない」は、「いずれ形になる予定のもの」という意味ではない。未来の可能性も、想像された時点で意味の形をとり、実次元の側に入る。虚次元は、そうした内容の一覧ではない。どんな内容が入っても、なお余る部分として、構造的に残り続けるものである。
だから、この層にあるものは「何が分からないのか」を言うことすらできない。問いの形をとらないまま、引っかかりとしてだけ残る。言葉にしようとすると既存の言い方に押し込まれ、押し込んだ時点で、元のものとは別のものになっている。
── 混ぜると、対処を間違える
埋まっていないだけのものを神秘として扱うと、かえって遠回りになる。普通に調べればいい。
逆に、まだ形になっていないものに調査を重ねても、時間が過ぎるだけだ。資料をいくら集めても、置き場所は生まれない。必要なのは答えを探すことではなく、扱える枠のほうを一つ広げることである。数学は、実数の直線に直交する軸を一本足しただけで、それまで解をもたなかった方程式に解を与えた。枠の拡張は、多くの場合、最小限の一手で足りる。
見分け方は単純でいい。問いの形にできるなら前者、できないなら後者だ。前者なら調べる。後者なら、消さずに置いておく。置いておける時間の長さが、それがやがて扱える枠の広さになる。
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よくある質問
前者は調べれば埋まる未知、後者はまだ意味として立ち上がっていない、置き場所そのものがない層です。
記述をどれほど精密にしても、その外側に必ず残る、まだ意味になっていない部分のことです。拡張虚数理論では虚次元(iD)として扱います。
問いの形にできるなら前者なので調べます。できないなら後者なので、消さずに置いておきます。


