良いものを、切れ── 活断という考え方
月曜の朝、カレンダーを開く。予定はすべて、自分で入れたものだ。
誘われて嬉しかった会食。三年続けている勉強会。得意だから頼まれる仕事。世話になった人への、月一回の報告。
嫌なものは、一つもない。
なのに、なかなか次のステージに進めない。
こういうとき、人は嫌なものを探そうとする。減らすなら、まず嫌なものから、と。
だが逆だ。嫌なものは、もう切ってある。残っているのは全部、良いものだ。
そして人を縛るのは、良いもののほうだ。
機能しているから、切れない
『活断』とは、自分を制限している縁や思考を、意図的に断ち切る操作を指す。
ここで見落とされるのが、何が自分を制限しているかだ。制限しているのは、失敗ではない。成功のほうだ。
うまくいったものは、続く。続くから、期待される。期待されるから、外せない。三年続けた勉強会を抜けるのは、三日でやめた習い事をやめるより、はるかに難しい。
「活」の字を見てほしい。生きるために切る、という能動的な操作だ。
だから対象は、死んでいるものではない。生きているものだ。死んだ縁は、切らなくても勝手に落ちる。切る必要があるのは、まだ動いているものだけだ。
本気の軸が五本あるから、散る
純度とは、どの座標軸に意識が最も整列しているかで決まる。
軸が一本なら、全量がそこへ向かう。五本あれば、五分の一ずつになる。しかもどの軸も良いものだから、手を抜けない。全部に本気で向かって、全部が五分の一になる。
内在関数論で言えば、関数の断捨離だ。目的はエネルギーの効率化にある。項を減らす。それだけだ。
だから足しても純度は上がらない。引くしか上がらない。
未来起点論では、やらないことを決めることが最強の時間創出方法だとされる。活断は、その構造をそのまま人間関係と思考習慣に適用したものだ。
自然に外れるのを待つな
内側の並びが勝手に組み変わる現象もある。環境が変わり、視座が上がれば、優先順位は自然に入れ替わる。これを関数再列と呼ぶ。関数再列は、起きるものだ。
活断は違う。意志的な切除だ。起こすものだ。
先に潰しておく。待ってもいい、という反論はある。だが良いものは、向こうから終わらない。機能しているからだ。嫌なものは自然に切れる。良いものは、自分で切るしかない。
思縛──自分を縛っている思考の枠についても、順序が逆になっている人が多い。納得できたら切る、覚悟が決まったら切る、と考える。
違う。切ると、枠が外れる。活断は、思縛を解除するための最も直接的な手段だ。理解が先ではない。切除が先だ。
落ちている時期にこれがやりやすいのは、理由を訊かれないからだ。順調なときは、良いものを切る説明がつかない。だから手が止まり、積み上がり、そのまま重力になる。
問うべきは、何が嫌かではない。何が良くて、それでも要らないかだ。
↓さらに詳しく知りたい方は『θ回廊』を今すぐチェック↓

↓最新記事はこちら↓
-
考えても答えが出ないのは、頭が悪いからではない── 問いには二種類ある
同じ「答えが出ない」に見えて、中身は違う 新規事業の勝ち筋が見えない。あの人との関係が改善しない。自分が何のた…
-
良いものを、切れ── 活断という考え方
月曜の朝、カレンダーを開く。予定はすべて、自分で入れたものだ。 誘われて嬉しかった会食。三年続けている勉強会。…
-
脳は、現実と臨場感を区別できない── 未来を先に存在させるということ
エンドロールが流れている。まだ涙が止まっていない。作り物だと知っている。役者が演じていることも、脚本があること…


