Extended Imaginary Number Theory — II

『起こり』の構造論

受動的事後性と「成立を許す」構え

The Structure of Arising
— Passive Aposteriority and the Posture of Allowing to Hold —

村主 悠真 / Yuma Muranushi
Founder, i.Institute / 虚次元研究機構
Tokyo, Japan · iii@iii-iii.com
ORCID: 0009-0004-3697-4197
Version 1.0 · 2026.05.17
要旨

本稿は、拡張虚数理論の第二論文として、「起こり」⸺虚次元由来の微細振動が認知空間上で捕捉される事象⸺を主題とする。第一論文「拡張虚数理論:存在の二重構造としての Z = D + iD」(村主, 2026)が存在の二重構造そのものを記述したのに対し、本稿は「起こり」がいかなる構造のもとに成立するかを問う。これが本稿の核心である。

本稿の枠組みにおいて、虚次元側は常に実次元側に影響を与え続けるものとして記述される。この継続的な影響の中で、実次元側での立ち上がりの起点に位置するのが「起こり」である。「起こり」の確かな捕捉が、続く具現化の精度を大きく規定する。本稿は「起こり」が成立する構造を析出し、これによって具現化の精度との関係を構造的に記述する論として位置づけられる。

意図的把握⸺主体が能動的に対象を認識する働き⸺と「起こり」は排他的な存在様式ではなく、虚次元との関係における質感のグラデーションをなす。本稿はこの連続体を前提としつつ、「起こり」寄りの極が前景化する事態を現象学的に記述し、さらにその精度を二つの軸(視座・純度)として整理する。

本稿は終始実次元側からの記述として進められ、虚次元において何が起きるかを直接記述するのではなく、「起こり」が実次元側に成立するための構造を析出することを射程とする。精度の記述は構造的な予備的記述に留まり、その実存的・実践的展開は別稿に委ねる。

Abstract

This paper, the second of the Extended Imaginary Number Theory series, takes arising (okori) — the event in which fine vibrations stemming from the imaginary dimension are captured as awareness within cognitive space — as its principal subject. Whereas the first paper articulated the dual structure of existence itself as Z = D + iD, the present paper asks under what structure such arising comes to hold. The framework treats the imaginary dimension as continuously influencing the real dimension; arising is positioned as the originating point of emergence on the real-dimensional side. The certainty of capturing the arising substantially determines the precision of the subsequent embodiment.

Intentional grasping and arising are not exclusive modes of existence; they form a gradation in the quality of one's relation to the imaginary dimension. The paper describes phenomenologically the foregrounding of the arising-pole of this continuum, and organizes its precision along two axes: perspective and purity. The treatment remains a preliminary structural description; its existential and practical unfolding is deferred to subsequent works.

Keywords

arising · embodiment · cognitive space · physical space · gradation · precision · perspective · purity · extended imaginary number theory · phenomenology · passive synthesis · Gelassenheit

目次
  1. 序論
  2. 定義
  3. 「起こり」の現象学的記述
  4. 「起こり」の精度
  5. 既存枠組みとの関係
  6. 考察と限界
  7. 結論と次稿予告
01

序論

1.1 第一論文からの継承と本稿の射程

第一論文「拡張虚数理論:存在の二重構造としての Z = D + iD」(村主, 2026)は、対象 X の存在の総体 Z(X) を実次元成分 D(X) と虚次元成分 iD(X) の重ね合わせとして記述した。第五公理(境界の動性)は、ある構造の一部が iD(X) から D(X) へと移行しうることを規定したが、この移行が実次元側でどのような事象として体験され、いかなる構造のもとに成立しうるかは別稿に委ねられた(第一論文 §1.6, §6.4)。

本稿は、その別稿として、虚次元由来の微細振動が認知空間上で気づきとして捕捉される事象である「起こり」を主題とする。

1.2 中心的問い ─ 「起こり」へ

本稿の枠組みにおいて、虚次元側からの影響は実次元側に間断なく現れ続ける。人は思考し、判断し、創作し、決断する⸺その営みのすべてに、この影響が現れている。

この連続体の中で、時として、主体の意図的把握とは別の質感を持つ事象が経験される。それは「自分が引き出した」というよりは「立ち上がってきた」という感覚として捕捉される。この独特な質感の様式を本稿は「起こり」と呼ぶ。

さらに、この「起こり」の上位概念として、個人の感情や思考の範囲を超えて、自分を取り巻く構造そのものが動くと経験される様式が位置づけられる。これは主体の操作によってではなく、自分を取り巻く環境・関係・状況全体の配置変化として⸺主体の側からは「世界側の動き」として⸺経験される様式である。「起こり」が個人の認知空間に立ち現れる微細な様式であるのに対し、この上位概念は、その構造的場の動きとして経験される様式に対応する。これは「透」と呼びうる状態であり、別稿「成る祈り」において主題化される。本稿はこの上位概念には深く立ち入らないが、「起こり」が単独の現象として孤立しているのではなく、より広い構造的体系の中に位置していることを記録しておく。

「起こり」の捕捉は、続く具現化⸺何かを物理空間へと展開する事象⸺の精度を大きく左右する。虚次元由来の微細振動を豊かに反映した具現化は、「起こり」の確かな捕捉を経たものである可能性が高い。

中心的問いはこの「起こり」に向けられる。「起こり」は、いかなる構造のもとに成立するか。すなわち、「起こり」が捕捉されるためには、実次元の側に何が成立していなければならないか。本稿は終始実次元側からの記述として進められる。虚次元において何が起きるかを直接記述するのではなく、「起こり」が実次元側に成立するための構造を析出することが本稿の射程である。

本稿は第一論文の自己制限⸺虚次元そのものは直接記述されえず、記述しうるのは実次元の閉鎖不可能性のみである⸺を全面的に踏襲する。

1.3 用語の整理

本稿の中心概念は「起こり」と具現化である。両者は段階を異にする事象として位置づけられる:「起こり」は虚次元由来の微細振動が認知空間上で捕捉される段階、具現化は何かが物理空間(言語化、行為、物理的形態として現れる場)へと展開される段階。

「起こり」と具現化の関係は固定的な対応ではない。両者は独立して発生することもある⸺詳細な定義および両者の関係性は §2 に示す。

なお、本稿でしばしば用いられる「認知空間」とは、第一論文 Definition 5 の認知次元空間 C(S, t) を指し、実次元 D のうち主体 S が時刻 t において分節的に捕捉している層(C(S, t) ⊂ D)である。物理空間も同じく実次元 D 内の領域として位置づけられる⸺認知空間と物理空間はいずれも D 内の層をなす。本稿で言う「物理空間」は、物理的形態に限定されず、言語・行為・制度・共有可能な意味構造など、認知空間を超えて立ち現れる場の総体を指す。したがって、「起こり」は認知空間における主体的捕捉として、具現化は物理空間への展開として記述されるが、両者はいずれも実次元内部の事象であり、その差は実次元内の段階性⸺認知空間における捕捉から物理空間への展開へ⸺にある。

1.4 方法論的注記

本稿は、第一論文と同様に概念的枠組みの提案であり、数学的記法は構造的類比として用いられる。本稿は仮説体系ではなく、「起こり」という現象の構造的記述として位置づけられる。本稿で導入される定義は、第一論文の公理体系と整合的に拡張される。

02

定義

第一論文の Definition 1〜5 を継承した上で、本稿は以下の追加定義を導入する。

Definition 1
「起こり」

対象 X について、X に関する虚次元由来として事後的に記述される微細振動が認知空間上で気づきとして主体 S に捕捉される事象を「起こり」と呼ぶ。

「起こり」は、主体の意図的把握とは別の質感を持つ事象として経験され、「立ち上がってきた」ものとして捕捉される受動的事後性を特徴とする。

ある構造が虚次元由来であるという規定は、その捕捉以後の実次元側からの事後的な記述として与えられるものであり、虚次元への直接的アクセスを意味しない(第一論文公理 5 と整合)。

Definition 2
具現化

対象 X について、X に関する何かが認知空間を超えて物理空間(言語化、行為、物理的形態、制度、共有可能な意味構造として現れる場)へと展開される事象を「具現化」と呼ぶ。

具現化は、捕捉された「起こり」を物理空間に展開する場合と、「起こり」を伴わずに意図的把握や計算的思考から直接物理空間に展開される場合の両方を含む。逆に、「起こり」が具現化を伴わずに認知空間内に留まることもある。これら二つの具現化様式は虚次元との関係における質感のグラデーションをなす。本稿の文脈では、「起こり」の確かな捕捉を経た具現化が、虚次元由来の微細振動をより豊かに反映する。具現化の精度は、その「起こり」の捕捉の確かさに大きく依存する。

03

「起こり」の現象学的記述

3.1 「起こり」の感覚的特徴

「起こり」において、立ち上がってきたものは主体にとって「自分が引き出した」ものとしてではなく「立ち上がってきた」ものとして経験される。主体の意図的計算や能動的把握に先立って、すでに何かが認知空間に位置していることが認識される⸺この受動的事後性が「起こり」の基本的な感覚的特徴である。

これは、知覚や記憶の不意の到来、創作における着想の浮上、決断における方向性の立ち上がりなど、日常のさまざまな局面で経験される。特異な精神状態を必要とせず、誰もが断片的に経験する意識構造である。

3.2 連続体としてのグラデーションと規範性の不在

意識生活における虚次元から実次元への営みは、純粋に意図的な働きから「起こり」までの連続的なグラデーションとして展開される。連続体の一方の極では、意図的把握が支配的であり、日常的な生産・創作・思考の大半はこの極に近い様式で営まれる。反対側の極では、意図的把握が後退し、立ち上がってくるものを受け止める構えにある⸺「起こり」と呼べる質感はこの極に近い。

ほとんどの具現化はこの間のどこかに位置している。純粋に意図のみで完結する具現化(虚次元由来の微細振動を一切受け取らずに営まれる状態)は稀であり、意図的把握が最小限に縮減した具現化(意図がほぼ後退し、何かが自ずから立ち上がってくるかのように経験される状態)もまた稀である。日常的な意識生活は、両極の間を流動的に揺らぎながら営まれている。

ここで重ねて強調しておくべきは、本稿の枠組みは規範的主張ではないという点である。「起こり」寄りの極とは、虚次元から実次元への流れにおける構造的記述の名称であって、その極を達成すべきだという当為の主張ではない。日常において人は様々な精度で具現化を営んでおり、意図的把握が強い具現化が劣っている、あるいは矯正されるべきだ、ということを本稿は一切主張しない。本稿が提示するのは、「起こり」という事象を構造的に記述する語彙であり、特定の精度の達成を目的化する実践論ではない。

3.3 「成立を許す」構え

「起こり」寄りの極では、主体は「成立を許す」という構えにある。これは構造記述的に言えば、実次元側の過剰決定を抑える能動的非介入である。

消極的には次のように規定される:

  • 何かを獲得しようとする欲望の不在
  • 何かを回避しようとする恐怖の不在
  • 既存の意味付けを通して把握しようとする自動的解釈の不在

積極的には、立ち上がってくるものの固有の形が認知空間に到達するための場を整える働き⸺実次元側の過剰決定を抑え、新たな立ち上がりが固有の形を取る空間を保持する操作⸺として規定される。

ここで強調すべきは、「成立を許す」は受動的諦念とは構造的に異なる、ということである。それは能動的でありながら把握しに行かない、という構造的非介入の働きである。実次元側は何もしていないのではなく、過剰決定への傾きを抑える働きを継続的に行っている。

なお、この構えは特定の精神的成熟度や宗教的修練を要求するものではない。日常の中で、誰もが断片的にこの構えを経験している⸺不意の着想を受け取る瞬間、固執していた解釈を緩める瞬間、結論を急がずに立ち上がりを待つ瞬間など。本稿は、これらの経験において部分的に成立している構えを構造記述の語彙によって示すために「成立を許す」という語を用いる。

3.4 気づきの事後性

「起こり」において、立ち上がってきたものは「気づき」として主体に捕捉される。気づきは、主体が能動的に「気づこう」とする操作ではない。立ち上がりが完了する瞬間に、それが既に主体の意識場に位置していることが認識される、という構造を持つ。

この事後性こそが、「起こり」を意図的把握から区別する核心である。意図的把握においては、主体は「これから取り出そうとする」志向を持つ。「起こり」においては、立ち上がりが完了した後にはじめて「これが立ち上がっていた」ことが認識される。志向と捕捉の時間的関係が逆転している。

3.5 「起こり」を阻むもの

「起こり」が阻まれる実次元側の構造として、以下の三つを挙げる。

認知的過剰決定:実次元側の意味の網が、ある主題に対して既に過剰に決定されている状態。新たな立ち上がりが入り込む余地が構造的に存在しない。

解釈的飽和:あらゆる素材が既存の解釈枠組みに即座に配置されてしまう状態。立ち上がりが固有の形を取る前に、解釈が先回りして枠に押し込む。

エゴ的把握:意図的把握の極端化。「これを具現化したい」という能動的把握が場を支配し、立ち上がりの自律性が抑圧される。

これら三つはいずれも、実次元側の受容性の不全として記述されうる。これらの構造のもとでも具現化は依然として営まれるが、虚次元由来の微細振動を「起こり」として捕捉する余地は失われ、具現化の精度は意図的把握の極に偏る。

04

「起こり」の精度

「起こり」が立ち現れる質感は、それ自体が一様ではない。本節は、「起こり」の「精度」がどのような軸によって規定されるかを記述する。

本稿では「精度」を予備的に次のように規定する:精度とは、虚次元由来の微細振動が「起こり」の捕捉において歪みなく反映される度合いを指す。歪みが薄いほど精度は高く、歪みが強いほど精度は低い。

ただし本節の記述は構造的な予備的記述に留まる。これら軸の実存的・実践的展開は、別稿に委ねる。本節は、そのような展開への橋渡しとして、「起こり」の質的側面を構造記述の語彙によって示す役割を担う。

4.1 二つの軸

(i) 視座

視座とは、思考の座標軸そのものである。どのような軸が立てられているか、その軸がどれだけ広い射程を持つか、軸の中心がどこに置かれているか⸺これらが視座を規定する。視座の広さは、「起こり」において立ち上がりうるものの範囲を規定する。狭い視座のもとでは、それまで認知されていなかった領域が立ち上がる余地が構造的に小さい。広い視座のもとでは、立ち上がりは多方向に展開しうる。

なお、視座の包括的理論は本稿の射程外である。視座が認知空間に対していかなる構造として位置づけられるか、その理論的展開は、別稿に委ねる。本稿では視座を、「起こり」の精度を規定する軸の一つとして限定的に用いる。

(ii) 純度

純度とは、意識場における干渉ノイズの相対的な薄まりの度合いを指す。絶対的な達成段階や絶対値として規定される量ではなく、相対的・連続的な傾向として概念化される⸺干渉ノイズが薄い状態ほど純度は高く、強く立ち上がっている状態ほど純度は低い。本稿は「完全な純度」「完全な無純度」のような絶対的な値を仮定しない。

ここで言う「干渉ノイズ」とは、立ち上がりが固有の形を取る前にそれを既存の枠に押し込もうとする働きの総称である。具体的には、自我的な働き(安定構造を保とうとする働き、獲得欲、回避欲、自動的解釈、自己評価への執着など)、他者から受ける意見の取り込み、さらには「他者がいる」という認知それ自体への過剰な囚われまでを含む⸺これらすべてが、立ち上がりの自律的構造に介入する「ノイズ」として位置づけられる。

これらの干渉ノイズが十分に薄まった状態においては、存在としての原初的感性⸺既存の解釈枠組みに先立って働く感受性⸺と、他者からの干渉度合いの低い、自己純度の高い衝動が前景に立つ。

純度は意識の「明晰さ」「集中度」「覚醒度」とは別の概念である。極度に集中していても干渉ノイズが強い状態(競争心、達成欲、自己評価への執着が強い集中)は存在する。逆に、明晰さがやや低くとも干渉ノイズが薄い状態も存在する。

ここで強調すべきは、純度は価値尺度ではないという点である。これは「悟りの段階」や「精神的成熟度」を測る指標ではなく、「起こり」が捕捉される際の干渉ノイズの薄まりの度合いを構造的に記述するための概念である。純度が高い/低いは、その状態の構造的記述であって、その状態を生きる主体の価値や成熟を評価するものではない。

4.2 二軸の相互関係

これら二つの軸は互いに独立した変数ではない。純度が上がれば、固定的な視座から離れて視座が広がる余地が生まれる。視座が広がれば、個別の干渉ノイズが意識場全体に占める比重が相対的に小さくなり、立ち上がりへの介入が弱まる。両者は相互に支え合う構造を持つ。

ただし、本稿はこれら二軸を厳密に形式化することは行わない。それらは「起こり」の精度を記述するための質的側面として導入される。形式化と量的展開は、応用研究および後続の論文「母韻演算子論」の射程に属する。

05

既存枠組みとの関係

本稿は構造主義以降の哲学的諸伝統と暗黙裡に対話を展開してきた。本節はその対話の位置を簡潔に確認する。これらの接続は構造的類比であり、各伝統との完全な同一性を主張するものではない。

5.1 Husserl の受動的綜合

Husserl 後期の受動的綜合(passive Synthesis)概念は、能動的・主題的な綜合に先立つ、意識の地平において自ずから成立する綜合の構造を主題化する(Husserl, Analysen zur passiven Synthesis, 1918-1926)。本稿の「起こり」⸺意図に先立つ立ち上がりが気づきとして捕捉される様式⸺は、Husserl の受動的綜合と構造的に響き合う。両者ともに、能動的把握に先行する受容的構造を主題化する点で並行する。

5.2 Heidegger の Ereignis と Gelassenheit

Heidegger 後期の Ereignis(出来事性)は、存在者が存在者として現れる条件としての存在の構造を扱う(Heidegger, Beiträge zur Philosophie, 1936-1938)。Ereignis は、主体の能動的把握によって惹起される事態ではなく、それに先立って成立する自律的な現出の構造として位置づけられる。本稿の「起こり」概念は、Ereignis と「現れの自律的構造」を共有する。ただし、本稿は特定の対象 X に対する局所的な「起こり」を扱うため、Ereignis が持つ宇宙論的・存在論的原初性は主張しない。

また、Heidegger の Gelassenheit(放下、すなわち把握的意志を手放す構え)が「意志することと意志しないことの対立を超えたところに位置する」と規定されたこと(Heidegger, 1959)は、本稿の「成立を許す」構えと構造的に並行する。

5.3 Lacan の object a と剰余

Lacan の object a は、シニフィアンの体系(実次元に類比的)からは捉えられない剰余として位置づけられる。これは本枠組みの虚次元と構造的に響き合う。ただし Lacan の体系が精神分析的主体論に特化した語彙を伴うのに対し、本枠組みは存在記述の一般領域での「起こり」を扱う。両者の精密な比較検討は、後続の論文「残余の存在論」に委ねる。

5.4 東洋思想との響き合い

東洋思想⸺特に道家における無為、禅における放下、空海・井筒の言語存在論⸺は、能動的把握を後退させ、事象が自律的に立ち上がる場を保持する構えを哲学的に主題化してきた長い系譜を持つ。本稿の「起こり」の記述、特に「成立を許す」構えは、これらの伝統と構造的に響き合う。ただし、本稿はこれら伝統との直接の系譜関係を主張するものではない。

また、西田幾多郎の「純粋経験」(『善の研究』1911)は、主観と客観の分離以前の直接経験として位置づけられ、本稿の「起こり」⸺意図的把握が後退した極で立ち現れる質感⸺と構造的に響き合う。両者ともに、能動的主体性の手前に位置する経験の構造を主題化する点で並行する。西田哲学との精密な対話は本稿の射程外だが、本シリーズの東洋思想接続の重要な参照点として記録しておく。

5.5 Merleau-Ponty の身体図式と motor intentionality

Merleau-Ponty『知覚の現象学』(1945)は、知覚を主観的意識作用としてではなく、身体図式(schéma corporel)に基づく前反省的な構造として記述する。身体は対象を「思考する」のではなく、対象に対して motor intentionality(運動的志向性)を通じて先反省的に応答する。「知覚的信」(foi perceptive)は、この応答が主体の能動的判断に先立って成立していることへの構造的信頼として位置づけられる。

本稿の「起こり」、とりわけ §3.4 で論じた「気づきの事後性」⸺立ち上がりが完了した後にはじめて「これが立ち上がっていた」ことが認識される、志向と捕捉の時間的逆転⸺は、Merleau-Ponty の motor intentionality と構造的に深く響き合う。両者ともに、主体の能動的志向に先立つ受動的・前反省的な構造を主題化する点で並行する。受動的事後性を身体図式の水準で精密に展開した古典的現象学的伝統として、Merleau-Ponty は本稿のとりわけ近接した参照点の一つである。

ただし、Merleau-Ponty が身体性を中心に展開するのに対し、本稿は身体性に限定されない一般的な認知構造として「起こり」を扱う。両者は構造的類比を持ちながらも、応用領域の射程が異なる。

06

考察と限界

6.1 「起こり」論の射程

本稿は「起こり」の構造を概念的に分析するに留まり、特定の「起こり」を予測する仮説体系ではない。本稿が提供するのは「起こり」の構造的枠組みであり、いつ・誰の認知において「起こり」が立ち現れるかを予測することはできない。

6.2 経験的接続の課題

本稿の枠組みが認知科学・社会科学・組織研究等の経験的領域と意味のある接続を持つかは、別途検証を要する。とりわけ、「起こり」の精度を構成する二つの軸(視座・純度)が経験的記述において意味のある区別を与えるかは、応用研究に委ねられる。

6.3 自己言及性

本稿は「起こり」を「起こり」として記述するが、その記述行為自体が「起こり」の構造の中にある⸺この自己言及性は、第一論文の公理 4(記述の非最終性)の構造的帰結として位置づけられる。「起こり」を完全に記述することは原理的に不可能であり、本稿の言説もまた、それ自身が記述しきれない構造的余剰を伴う。

なお、本稿の論述自体もまた、本稿が扱う構造の内部に位置している可能性を持つ⸺本稿の記述行為は、虚次元由来の微細振動の認知空間上での捕捉とその物理空間への展開(具現化)として読みうる。ただし、この自己言及的な読みは本稿の主張の正しさを保証するものではない。記述対象と記述行為が同じ構造を共有しうるという事態は、示唆的に位置づけられるに留まり、それ自体が本稿の論証の根拠とはならない。

この自己言及的次元の精密な哲学的検討⸺構造記述理論一般における自己言及的限界、論述の遂行性と記述性の関係、メタ記述の構造的余剰⸺は、本稿の射程を超える。後続の論文「残余の存在論」において、これらの問題系は方法論的基盤として体系的に展開される予定である。本稿はこの自己言及性に短く触れるに留める。

07

結論と次稿予告

本稿は、拡張虚数理論の第二論文として、「起こり」⸺虚次元由来の微細振動が認知空間上で捕捉される事象⸺を主題とした。

中心的論証として、まず「起こり」を虚次元から実次元への営みの中で位置づけ、その営みの連続体のうちに意図的把握から「起こり」までのグラデーションを認め、「起こり」という質感が前景化する事態を現象学的に記述した。「成立を許す」構え、気づきの事後性、「起こり」を阻む実次元側の三つの構造⸺これらを通じて、「起こり」が実次元側に成立するための構造の輪郭を描いた。さらに、「起こり」の精度を二つの軸(視座・純度)として整理した。

「起こり」を含めた具現化、そして更なる形式的体系化と展開は、後続の論文「母韻演算子論」に委ねる。さらに、これら「起こり」成立の諸条件が個別主体において如何にして発動するかという実存的・実践的問題系は、後続の論文「成る祈り ⸺ 『透』の実存論的発動構造」として展開される予定である。

References

  1. 村主悠真 (2026). 拡張虚数理論:存在の二重構造としての Z = D + iD. Version 1.0, Zenodo. DOI: 10.5281/zenodo.20095255
  2. 西田幾多郎 (1911/1990). 『善の研究』岩波書店.
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  4. Heidegger, M. (1936-1938/1989). Beiträge zur Philosophie (Vom Ereignis). Klostermann.
  5. Merleau-Ponty, M. (1945/2012). Phenomenology of Perception. Routledge.
  6. Heidegger, M. (1959). Gelassenheit. Pfullingen: Neske.
  7. Lacan, J. (1966/2006). Écrits. W. W. Norton.
§

How to Cite

APA

Muranushi, Y. (2026). The structure of arising: Passive aposteriority and the posture of allowing to hold. ï.Fragmenta, 2, 1–14. https://doi.org/10.5281/zenodo.20254107

Chicago

Muranushi, Yuma. 2026. “The Structure of Arising: Passive Aposteriority and the Posture of Allowing to Hold.” ï.Fragmenta 2: 1–14. https://doi.org/10.5281/zenodo.20254107.

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Extended Imaginary Number Theory · Paper II

Yuma Muranushi · Version 1.0 · 2026.05.17

CC BY 4.0