虚時間
記述の非閉鎖性と最小拡張原理
Imaginary Time
— Descriptive Non-Closure and the Principle of Minimal Extension —
本稿は、我々が日常的に「時間」と呼ぶ一次元の流れ──過去から未来へと一方向に進むものとされる時間軸t──の記述が単独では閉じない、という事態から出発する。閉じない記述は、それを補完する独立した記述軸を最小限だけ要請する。本稿はこの一般的な方針を最小拡張原理と呼び、時間構造へ適用する。その帰結として、時間は実時間軸tと、それに直交する虚時間軸itとの合成として与えられる複素的時間 T = t + it として記述される。これは第一論文「拡張虚数理論:存在の二重構造としての Z = D + iD」(村主, 2026a)が提示した存在論的定式を時間構造へと展開したものであり、数の体系が一次元の数直線から二次元の複素平面へと拡張された歴史に構造的に対応する。
本稿の中心的主張は一点に集約される。現在とは、異なる位相が共存する場である。いま起こりつつある位相に、過ぎ去りつつある位相と来たるべき位相とが重なり合う──この位相の共存は、tの前後関係には還元されず、実時間軸tをいかに細かく分割しても、いかなる区間に置き換えても回収されない。t上で隔たった位相が一つの現在において共存するというこの構造的同時性は、tに直交する独立した記述軸においてはじめて位置づけられる。この還元不可能性こそが、itを独立の記述軸として要請する本稿の中心的論拠である。
本稿の虚時間itは、物理学における虚時間(ウィック回転、Hartle–Hawking 無境界仮説)が実時間の解析接続として技法的に導入されるのとは異なり、tと独立した記述軸として要請される。両者は競合せず、異なる記述層において直交する。なお本稿は虚時間itの実在を主張するものではなく、実時間tの記述が単独では閉じないという記述上の事態を論じる。
This paper sets out from a single circumstance: the description of what we ordinarily call "time" — the one-dimensional flow taken to run in one direction from past to future, the time axis t — does not close on its own. A description that does not close demands independent descriptive axes that complement it, and demands them only minimally. This paper names this general policy the Principle of Minimal Extension and applies it to the structure of time. As its consequence, time is described as complex time T = t + it, given as the composition of the real time axis t and the imaginary time axis it orthogonal to it. This unfolds into the structure of time the ontological formula presented in the first paper, "Extended Imaginary Number Theory: A Conceptual Framework for the Dual Structure of Existence" (Muranushi, 2026a), and corresponds structurally to the historical extension of the number system from the one-dimensional number line to the two-dimensional complex plane.
The central claim of this paper condenses into one point. The present is a field in which different phases coexist. Onto the phase now occurring, the phase just passing away and the phase about to arrive are superimposed — and this coexistence of phases is not reducible to the before-and-after relations of t: it is not recovered however finely the real time axis t is divided, nor by replacing it with any interval. That phases separated on t coexist within a single present — this structural simultaneity — can be placed only on an independent descriptive axis orthogonal to t. This irreducibility is the paper's central ground for demanding it as an independent descriptive axis.
Unlike imaginary time in physics (the Wick rotation; the Hartle–Hawking no-boundary proposal), which is introduced technically as an analytic continuation of real time, the imaginary time it of this paper is demanded as a descriptive axis independent of t. The two do not compete; they are orthogonal at different descriptive strata. This paper does not assert the reality of imaginary time it; it addresses the descriptive circumstance that the description of real time t does not close on its own.
imaginary time · coexistence of phases · descriptive non-closure · principle of minimal extension · structural simultaneity · two-dimensional structure of time · complex time · indexical present · specious present · hypertime · Hartle–Hawking · Extended Imaginary Number Theory
序論 ── 線形時間の非閉鎖から最小拡張へ
数はかつて一次元の直線であった。負数の平方根は不可能とされ、数は数直線上の一点として表象された。だが十六世紀以降、虚数は計算の途上に繰り返し現れ、やがて実数軸に直交する独立した軸として、すなわち二次元の複素平面の一座標として定式化された。一次元の線から二次元の面へ──この拡張は数学の構造そのものを根本から拡げ、量子力学・電磁気学・信号処理にいたる広範な領域に決定的な含意をもたらした。
本稿は、時間記述に対して構造的に同型の拡張を提案する。ただしその出発点は、二次元時間という構想ではなく、一次元の時間記述が抱える一つの不足である。我々が日常的に経験する時間t──過去から未来へと一方向に進む一次元の流れ──の記述は、現在において共存する諸位相を、それ自身のうちに収めきれない。後に詳述するこの非閉鎖(§05)に対して、記述を補完する独立軸を最小限だけ加えるとき(最小拡張原理、§02)、時間の十全な記述は次の合成として与えられる。
ここでtは実時間軸、itは実時間軸に直交する虚時間軸成分、Tは両者の合成として与えられる複素的時間(complex time)である。複素平面において実数軸と虚数軸が直交し、複素数 z = a + bi がその上の一点として与えられるのと同様に、t軸とit軸は直交し、複素的時間Tはその時間平面上の構造として記述される。
この主張は単なる用語の追加ではない。我々が自我・因果・歴史と呼ぶ諸範疇は、時間が一次元の直線であるという前提のもとで初めて成立する構成であり、時間を二次元構造として記述するならば、それらは二次元構造Tの一次元的射影として相対化される。
二次元という形式は、前提ではなく、非閉鎖性からの帰結としてのみ導入される。本稿の主眼は、時間が二次元であると主張すること自体にではなく、現在における位相の共存を、点列的時間の前後関係の内部ではなく、それに直交する位相構造として位置づけることにある。複素的時間 T = t + it は、この位相の重なりを位置づけるための形式である。
本論に入る前に、用語を一つ固定しておく。本稿で位相と呼ぶのは、数学における位相(topology)でも、物理学における波の位相(phase)でもない。それは現在を構成する経験的局面──いま起こりつつあるもの、過ぎ去りつつあるもの、来たるべきもの──を指し、以下この意味でのみ用いる。
以下、第二節で数・次元・時間にわたる階層構造を提示し、本稿の主題的位置を画定する。第三節で虚時間概念の物理学的・哲学的系譜のなかに本稿を位置づけ、第四節で中核定式の形式的規定と実時間tの射影性を与える。第五節でit軸が記述する固有領域を論じ、第六節で Hartle–Hawking 無境界仮説との直交関係を明示し、第七節で結論を述べる。
階層構造 ── 数・次元・時間
本稿は拡張虚数理論シリーズ(村主, 2026a, 2026b)の枠組みに連なるものであり、その階層構造を時間構造へと展開する。シリーズ全体の存在論は、実成分と虚成分の対称的二項に基づく次の三層構造として整理される。
第一層──数の領域における実数と虚数。第二層──次元構造における実次元Dと虚次元iD。第三層──時間構造における実時間tと虚時間it。各層は隣接する層と形式的に対応する構造をもち、対応する領域へと展開する。
第一層は数学的事実である。複素数 z = a + bi において、aは実数軸の座標、biは実数軸に直交する虚数軸の座標を与える。両者は構造的に直交し、複素平面の任意の点はこの直交分解によって一意に与えられる。
第二層は第一論文(村主, 2026a)の命題である。対象の存在の総体Zは、観測・言語化・概念化を通じて記述に現れる実次元成分Dと、記述に汲み尽くされない構造的余剰としての虚次元成分iDとの重ね合わせ Z = D + iD として記述される。
第三層が本稿の主題である。時間構造は、第二層と同型の対称性のもとで、実時間軸tと虚時間軸itとの合成として与えられる。第二層が次元構造への展開であったように、第三層は時間構造への展開であり、両者は形式的に同型の関係に立つ。
なお、本稿はこれら三層のあいだに存在論的な同型性を主張するのではない。各層の対応は、同一の形式的構造が異なる領域において反復することの整理であり、構造的対応として理解される。
この反復を支えているのは、各層に共通する一つの記述上の機構である。それを規定するために、まず記述の閉鎖を定義する。
ある記述体系Sが、対象のもつ構造を、Sに還元されない新たな独立した記述軸を導入することなく、S内部の要素とそれらの関係のみによって余すところなく再構成できるとき、Sはその対象に対して閉じているという。再構成が、Sに還元されない独立した記述軸を少なくとも一つ要請するとき、Sはその対象に対して閉じていない──非閉鎖である──という。
この「記述の閉鎖」は、数学における代数的閉包に範をとった構造的類比である。第一層において、実数体は負数の平方根に対して代数的に閉じておらず、虚数単位iを加えた最小の拡大──二次拡大としての複素数体──においてはじめて閉じる。定義2は、この事態を記述一般へと移したものである。非閉鎖は記述体系の欠陥ではなく、対象の構造が当該体系の表現力を超えることの指標である。あわせて、記述軸一般について次の規範を置く。
記述体系に属する各記述軸は、対象のもつ構造の再構成に必要であることによってのみ、当該対象の記述における身分をもつ。対象のいかなる構造によっても要請されない軸は、その対象の記述には属さない。
規範1をこの名で呼ぶのは、記述体系に属する各軸が、対象の記述において固有の負荷を担っていなければならない──何ものも担わない軸は体系に居場所をもたない──という要求だからである。この要求は、必要を超えて存在者を増やすべからずという、オッカムの剃刀に代表される理論構築一般の節約性の原則(その現代的整理として Sober, 2015)と軌を一にする。ただし規範1の根拠は、伝統への訴えにではなく、記述という営みの構造そのものにある。対象のいかなる構造によっても要請されない軸に沿った変異は、対象におけるいかなる差異にも対応しない。そのような軸は当の対象について何も記述しておらず、記述装置の空転にほかならない──それが記述に属さないのは、節約の徳によってではなく、記述としての内容を欠くことによってである。なお規範1は、豊かな構造の導入を一般に禁じるものではない。対象の構造が要請するならば、要請されただけの軸が加わる。規範1が排するのは、要請なき構造のみである。
この二つを与件として、本稿がとる方針は次の原理として明示される。
記述体系Sが対象Pに対して閉じていないとき、Pの十全な記述は、(i) Sに還元されない独立した記述軸の導入を不可避的に要請し、かつ (ii) その導入は、非閉鎖を解消するのに必要な最小限の軸数にとどめられる。
原理1は、恣意的に採用される公理ではなく、定義2と規範1から従う。(i) は定義2の含意である──非閉鎖とは、独立した記述軸の要請としてまさに定義されているからである。(ii) の最小性は規範1から従う──非閉鎖の解消に必要な数を超えて導入された軸は、対象のいかなる構造によっても要請されておらず、規範1により当該対象の記述には属さないからである。ゆえに、十全な記述に加わる独立軸は、非閉鎖が要請するちょうどの数にとどまる。原理1の身分はこの二前提の帰結であり、導入される軸の実在についての主張を含まない。なお、実数体から複素数体への二次拡大は、この原理の根拠ではなく、その最も明晰な実例である──複素数体は、実数体を代数的に閉じさせる最小の拡大体にほかならない。原理が数学からの類推によって支えられているのではなく、数学的事例が原理の一適用であるというこの順序は、原理を時間構造へ適用する際にもそのまま保たれる。
三層構造は、この原理の反復として読める。第一層では、実数体が複素数の構造に対して閉じず、独立軸を一つ──虚数軸──加えることで複素平面が与えられる。第二層では、記述に現れる実次元Dが対象の存在の総体に対して閉じず、独立軸を一つ──虚次元iD──加えることで Z = D + iD が与えられる(村主, 2026a)。第三層──本稿の主題──では、実時間軸tが現在の位相共存に対して閉じず(§05で論証する)、独立軸を一つ──虚時間軸it──加えることで T = t + it が与えられる。各層において加わる独立軸はつねに一つであり、これが各構造の二次元性を、恣意的にではなく最小拡張原理の帰結として定める。
この階層構造と、それを生成する最小拡張原理は、本稿の論証の前提となる。以下では、第三層において非閉鎖がいかに成立するかを論じる。
虚時間概念の系譜と本稿の位置
虚時間という語は、物理学と哲学の双方に異なる伝統を持つ。本稿の主題的位置を画定するため、主要な系譜を概観する。
3.1 物理学における虚時間 ── 技法としての導入
物理学における虚時間は、いずれも実時間の解析接続として技法的に導入される。第一に、ウィック回転である。これは実時間軸を t → −iτ の置換によって虚時間軸に転じる手続きであり、ローレンツ的時空をユークリッド的時空に移す。有限温度場の理論、経路積分の収束、非摂動効果の計算において、欠かすことのできない技法として確立している。
第二に、Hartle と Hawking が提示した無境界仮説である(Hartle & Hawking, 1983)。一般相対性理論に従えば、宇宙の起源には密度と重力が無限大となる特異点が存在するはずであることが、Penrose と Hawking の特異点定理によって示された(Penrose, 1965)。無境界仮説は、宇宙の極初期において時間軸が虚時間的性格を帯びることで、この特異点を回避し境界のない滑らかな起源を与えうるとする(その一般向けの解説として Hawking, 1988)。ここで虚時間は、特異点という数学的破綻を回避するための技法として導入される。
これらの取り組みにおいて、虚時間は計算技法として位置づけられ、その存在論的身分については慎重に留保される。物理学は虚時間が理論の構造的中核に位置することを示すが、それがいかなる意味で実在的であるかという問いには直接答えない。
3.2 哲学における時間 ── 線形性への異議
哲学の側では、線形的に流れる時間という通念への異議が、複数の伝統において表明されてきた。Bergson は『意識の直接与件についての試論』(Bergson, 1889)において、量化可能な空間化された時間と、質的に経験される純粋持続(durée)とを区別し、後者が前者に還元されえないことを示した。1922年のパリにおける Bergson と Einstein の論争は、哲学的時間と物理学的時間の概念が正面から衝突した象徴的な出来事であった。McTaggart(1908)は時間をA系列(過去・現在・未来)とB系列(前・後)に分け、A系列の整合性に疑義を呈することで、線形的に進む時間という観念の自明性を揺るがした。現象学の伝統においては、Husserl が時間意識の三重構造を(Husserl, 1928)、Heidegger が脱自的時間性を(Heidegger, 1927)論じ、いずれも線形の点列としての時間観を超える構造を記述した。
3.3 二次元時間という形式的伝統
時間を二次元として捉える形式そのものは、分析哲学の側にも独立した伝統をもつ。Dobbs は二部構成の論考(Dobbs, 1951)において、まさに特殊現在という現象を説明するために、時間の外延的側面を二次元として定式化することを提案した。そこでは通常の「前・後」関係に加えて、それと構造的に独立な第二の時間順序が想定され、両者の関係は直交座標軸どうしの相互直交になぞらえられた。Broad もまた後年(Broad, 1959)、自らがかつて論じた特殊現在は二次元時間の語彙において一層明晰になると認めている。これら初期の試みは、その動機の一部を予知をめぐる心霊研究に負っており、第二の時間次元に実在的かつ説明的な身分を与えようとするものであった。この多次元時間の構想は同時代に批判的検討の対象ともなり(Bunge, 1958)、その系譜は近年あらためて歴史的に整理されている(Moravec, 2026)。
3.4 本稿の位置
本稿の虚時間itは、上記いずれの系譜とも異なる位置を占める。物理学的虚時間が実時間の解析接続として技法的に導入されるのに対し、本稿のitはtと独立した記述軸として要請される。現象学的伝統が線形時間観への批判から出発したのに対し、本稿はその批判を継承しつつ、到達点を二次元時間構造として形式的に定式化する。そして3.3に見た伝統が、固有の「前・後」順序をもつもう一つの時間系列を、その実在を志向しつつ導入したのに対し、本稿のitは第二の時間順序ではなく、位相の共存を位置づける記述軸であり、その関係は計量的・順序的構造ではなく、定義3(§04)にいう相互還元不可能性としての構造的直交にとどまる。
位相の共存を正面から主題化した現代の議論としては、Fine の断片主義がある(Fine, 2005)。Fine が共存を実在そのものの断片化──互いに整合しない諸断片が一つの全体へ統合されないまま成立すること──として引き受けるのに対し、本稿は共存を記述の側の事態として扱う。両者は、同一の現象に対する存在論的応答と記述論的応答として分岐する。
以上の対比を表1にまとめる。各系譜は厚みないし共存をそれぞれ独自の語彙で捉えてきた。しかし、その厚みの位置づけがtに直交する軸を──しかも非実在の記述軸として──要請するという論点は、いずれの系譜においても主題化されておらず、本稿はこの一点を主題とする。
| 系譜 | 厚み・共存の把握 | 直交軸の身分 |
|---|---|---|
| 現象学(Husserl, 1928) | 保持・予持の三重構造として記述 | 主題化されない |
| 特殊現在論(James, 1890; Dainton, 2000) | 現在の幅として主題化 | t区間への還元の可否が争点にとどまる |
| ハイパータイム(Dobbs, 1951; Broad, 1959) | 第二の時間順序として定式化 | 実在的次元として導入 |
| 断片主義(Fine, 2005) | 実在の断片化として引き受け | 実在の側の構造 |
| 本稿 | tに還元されない位相の共存 | 非閉鎖から要請される非実在の記述軸 |
中核定式 T = t + it
本稿の基盤は単一の定式に集約される。
複素的時間Tを、実時間軸成分tと虚時間軸成分itとの合成として定義する。すなわち T = t + it。ここでtとitは互いに他方へ還元されない独立した記述軸を構成する。本稿ではこの関係を、複素平面における実軸と虚軸との関係にならって構造的直交と呼ぶ。それは内積空間における幾何学的直交を意味するのではなく、二つの記述軸の相互還元不可能性を表す形式的規定である。
この定式は、第二層の Z = D + iD における実次元Dと虚次元iDの関係を時間構造へ移したものである。複素平面において実数軸と虚数軸が直交し、複素数がその平面上の一点として与えられるのと同様に、t軸とit軸は直交し、複素的時間Tはその時間平面上の構造として与えられる。
記法について明示しておく。定式 T = t + it におけるitは、実時間値tをi倍した量ではなく、ウィック回転のようにtの解析接続として導かれる量でもない。同一の文字tを用いるのは、本シリーズの定式 Z = D + iD との構造的対応を示す表記規約であり、複素数 z = a + bi の実座標と虚座標が独立に値をとるのと同様に、t軸成分とit軸成分は独立である。したがって、両者を一つの量tによって生成される直線とみなす読み──T = t + it を t(1 + i) として一次元の射線に潰す読み──は本稿の定式には含まれない。
また、複素的形式がここで担うのは、この独立性をシリーズと同型の座標形式のもとに位置づけることであって、形式そのものから主張を導くことではない。独立性の論証は§05の還元不可能性の議論が担い、表記 T = t + it を取り去っても、t単独記述が閉じないという主張は独立に成立する。実際、本稿が用いているのは二本の独立軸が張る二次元の座標構造のみであり、虚数単位iに固有の代数的性質──i² = −1 と、それが複素平面上で定める回転──は、本稿のいかなる論証にも用いられていない。「複素的」という形容は、複素数体の代数構造を時間に帰属させる主張ではなく、シリーズとの構造的対応を保つ表記上の採用である。iの代数的性質が時間構造において固有の働きをもちうるか──たとえば位相のあいだの移行が回転として定式化されうるか──は、本稿の射程外にある開かれた課題として残る。なお、この表記上の採用は規範1に抵触しない。規範1が律するのは、対象に帰属される記述軸の導入であって、導入された軸をいかなる記号系のもとで書き表すかという表記の選択ではないからである。本稿が対象に帰属させる構造は二軸の独立性のみであり、これは§05が示すとおり要請されている。
観測される時間現象は、複素的時間Tの合成的振る舞いとして記述される。実時間軸tのみで閉じる時間記述は、Tの実時間側への射影に限定された不完全記述である。
我々が経験する時間は常にTである。tだけを切り出して扱う立場は、Tの実時間側への射影tのみを時間と同一視する還元として位置づけられる。tとitは対立するのではなく、現象的時間は両者の合成Tとして現れる。
この射影関係は記述的関係である。Tという構造的全体を実時間の側から記述すればtとして現れ、構造的全体性において記述すればTとして現れる──問われているのはtとitの優劣ではなく、記述層の差異である。したがってtは虚偽の時間ではなくTの正当な一側面であり、itはその対立物ではなく補完である。これは第二層において観察される実次元Dが Z = D + iD の実次元側射影として現れることと対応する。なお、この射影という見方は、分析哲学の四次元主義が継時的事象を四次元的全体の一断面として捉える発想と接点をもつが、本稿が射影の母体に置くのはtに直交するit軸であって、t軸上に並ぶ事象の総体ではない。
なお本稿は、虚時間itが実在することを主張するものではない。本稿が主張するのは、実時間tの記述が単独では閉じず(定義2の意味で)、時間の十全な記述にはtに直交する独立した記述軸itが要請されるという、記述上の事態である。この点で本稿は、実次元の記述がそれ自身では閉じないことを論じる本シリーズの立場(村主, 2026a)を、時間構造において継承する。
虚時間 it が記述する固有領域
虚時間itが記述するのは、異なる位相が一つの現在において共存するという事態である。本節は、この共存がt軸のみでは構造的に記述しきれないこと──命題2として立てる還元不可能性──を論証する。
itは、t軸上の一点に対する「層」を記述する。現在の経験は、いま起こりつつある位相だけで尽きるのではない。そこには、過ぎ去ったばかりの位相がなお重なっており、来たるべき位相がすでに食い込んでいる。いま起こりつつある位相に、これらの位相が一つの現在において重なり合い、現在はt軸上の幅のない一点ではなく、it方向に複数の位相が共存する層構造をなす。この位相の共存は、t軸上の前後関係には還元されえない。
現在が幅をもつというこの構造は、分析哲学では特殊現在(specious present)として論じられてきた(James, 1890; Dainton, 2000)。ただし本稿の寄与は厚みの存在を主張することにあるのではなく、その厚みがtに還元されない直交的構造をなすという点にあり、特殊現在をめぐる論争の再裁定を意図しない。現在が厚みをもつという認識それ自体は現象学に固有のものではなく、分析哲学の特殊現在論もまた、同じ事態を独自の語彙で捉えてきた。本稿が新たに主張するのは、その厚みの位置づけがtに直交する独立の記述軸を要請するという構造的論点である。
ここで決定的なのは、この位相の共存がtの解像度を上げることによっては回収されない点である。本稿はこれを次の命題として立て、以下に論証する。
現在における位相の共存は、実時間軸tの内部資源のみによっては──瞬間へのいかなる細分化によっても、区間へのいかなる置き換えによっても──再構成されない。
この位相の共存は、経験においては現在の層的な厚みとして現れる。以下、同一の事態をその経験的相貌の側から指すときに限り、厚みの語を用いる──主概念はあくまで位相の共存であり、厚みはその現れである。論証そのものは形式的な数学的証明ではなく、現象学的記述の水準における構造的主張である。問われているのは、瞬間の集合という数学的対象の性質ではなく、生きられた現在がもつ構造の記述可能性である。論証は二段からなる。
第一に、tの細分化が生むのは、より短い区間によって隔てられた幅なき瞬間の、より稠密な列にすぎない。各瞬間はそれ自体としては厚みをもたない──幅をもたないことこそ瞬間の定義である。幅なき要素をいかに稠密に重ねても、そこから厚みは生じない。
第二に、t軸が表すのは瞬間どうしの前後関係、すなわち二つの位置のあいだの関係である。これに対し厚みを構成するのは、一つの現在と、その現在において過ぎ去りつつあるものとして与えられる位相との関係である。後者は二つのt位置のあいだの関係ではなく、一つの現在の内部における、現在と非現在との関係である。両者は範疇を異にする。前後関係をいくら細かくしても、それは現在の内部構造には変換されない。
これに対しては、過ぎ去った位相の保持を、過去のt位置における値に減衰の重みを掛けて積分した量
として、tのみから構成しうるという反論が想定される。ここでR(t)は、過去の各時点における経験を、古いものほど小さく重みづけながら現在まで足し合わせ、現在に残る過去を一つの量として表したものである。この構成は還元の最も強い形であるが、ジレンマに陥る。この積分を全信号に対してオフラインで評価するなら、そこには特権的な「今」が存在せず、それは生きられた現在ではなく客観化された痕跡を記述しているにすぎない──厚みが属する一人称の視点を、構成はあらかじめ手放している。逆に、特定の現在tを上限として読み出すなら、その「今」、すなわち過去の位置sのいずれでもない指標的な視点が再導入されており、それは消去されるはずだった直交的構造そのものである。還元が成立するのは、厚みを保持したままtへ移しうる場合に限られる。だが第一の角は記述すべき当のもの──生きられた現在──を取り落とし、第二の角はそれを保つために直交的視点を呼び戻す。いずれの角を取っても、厚みはtに還元されない。
だがこの帰結は、より端的な形で言い表せる。積分R(t)が返すのは、厚みそのものではなく、厚みを実時間軸上の一つのスカラーへと畳み込んだ値──すなわち厚みのt側への射影である。tのみによる構成が原理的に取り落とすのは、まさにこの射影において失われる次元にほかならない。還元のモデルは、tがTの射影であるという見方(命題1)を、それ自身の構造によって例証している。
なお、ここで問題となっているのは観測者の主体性や心理ではなく、指標的現在そのものが、保持の構成において消去しえない構造的前提として残るという点である。指標的な「いま」が、日付や位置といった非指標的な記述によっては汲み尽くされないというこの事態は、本質的指標詞をめぐる議論(Perry, 1979)の時間構造における一事例にあたる。本稿のジレンマは、その指標詞の還元不可能性が時間軸上に現れたものにほかならない。
還元には、保持の畳み込みとは別のいま一つの形がある。厚みを、幅なき瞬間からの構成によってではなく、経験そのものが実時間軸上の短い区間にわたって拡がっているという事実によって説明する立場──延長主義である(Dainton, 2000)。経験は初めから幅をもつとされるため、この立場には、瞬間の稠密化を斥けた第一の論点は当たらない。だが困難は形を変えて再現する。区間がt軸上に与えるのは、その内部における諸位相の前後関係である。これに対し厚みを構成するのは、それらの位相が一つの現在に共属するという関係であり、この共属は区間内部の前後関係と範疇を異にする。もし共属が「同一区間に属すること」に尽きるのであれば、t軸上の任意の区間が一つの現在を構成することになるが、どの区間が一つの現在をなすかを定める原理は、tの計量と順序の内部には存在しない。実際、延長主義がこの結合を担わせる通時的共意識の関係は、まさに前後関係には還元されない関係として導入されている。すなわち延長主義は、tの順序構造を超える結合の関係をすでに前提しており、厚みを区間に置き換える説明は、区間を一つの現在たらしめる当の構造を、説明されないまま残す。
かくして二つの還元──保持の畳み込みと区間への延長──は、いずれも同型の残余に行き当たる。前者は消去しえない指標的視点を残し、後者は前後関係に還元されない共属の関係を残す。だが、ここでなお一歩が要る。この残余が要請するのは、なぜ単なる視点の標識ではなく、一つの軸──内的構造をもつ記述次元──なのか。標識で足りるとする最も強い立場は、指標的な「いま」を、「いま」という語が発せられる当の出来事そのものへと折り返して説明する(Mellor, 1998)。この説明では、「いま雨が降っている」という発話が真であるのは、その発話がなされた時点に雨が降っているとき、そのときに限る──「いま」とは、それぞれの発話が生起している当の時点を指す以上の何ものでもなく、したがって独立の次元は不要に見える。だがこの説明が与えるのは、「いま」を含む文がいつ真となるかの条件であって、現在の層構造ではない。発話の生起はt軸上の一点であり、それ自体は厚みをもたない──一点への同一視は、まさに位置づけられるべき層を、あらためて取り落とす。二つの還元が残した「いま」は、幅なき一点ではない。それは、過ぎ去りつつある位相と来たるべき位相とが、より深く沈んだもの、より浅く食い込むものとして、そのつど異なる位置において重なり合う、内的に分節された層である。位置の連続的な系をもつものを位置づけうるのは、標識ではなく軸である。ここで軸とは、位置の一径数系を担いうる最小の構造──一本の独立した記述次元──を指す。要請される構造がこれより貧しくも豊かでもないことは、次のように定まる。単なる標識は、いま見たとおり、この連続系を担えない。他方、多様体や束といったより豊かな構造は、位相の共存が要請していない構造を持ち込む点で、規範1(軸の負荷根拠)に抵触する──諸位相の重なりは、より深く沈む/より浅く食い込むという単一の径数によって分節されており、その位置づけには一次元で足りるからである。ゆえに残余が要請するのは、点の目印より多く、多様体より少ないもの──諸位相がそのうえで位置を占めうる一本の記述次元、すなわちit軸である。
したがって現在の厚みは、tに直交する独立した軸itにおいてはじめて構造的に位置づけられる。tの記述を厚みのうえで閉じさせようとする操作は、閉じえない構造をかえって前提する。
以上により、t単独記述の非閉鎖が確認され、原理1(最小拡張原理)に従って、tに還元されない独立の記述次元がちょうど一つ加えられる。この独立性こそ、定義3で構造的直交と呼んだ関係にほかならず、時間構造の二次元性──これ以上でもこれ以下でもないこと──は、最小拡張原理の帰結として与えられる。
最後に一点を予示しておく。本稿が現在の厚みとして記述してきたものは、より一般的には、t軸上で隔たった位相がit方向において共存するという構造的同時性の、一つの特殊な場合にほかならない。現在における位相の共存は、隔たりがごく小さい場合の構造的同時性である。隔たりの大きい場合を含む一般的な事態の記述は、別稿の主題となる。
Hartle–Hawking との直交関係
本稿の虚時間itと物理学における虚時間との関係を、最も近接する事例である Hartle–Hawking 無境界仮説を通じて明示する。両者は同じ「虚時間」という語を用いるが、その構造的位置は根本的に異なる。
| 観点 | Hartle–Hawking の虚時間 | 本稿の虚時間 it |
|---|---|---|
| 射程 | 宇宙論的 | 現象学的・存在論的 |
| 導入操作 | ウィック回転(t → −iτ) | 記述層の移行 |
| 目的 | 特異点の数学的回避 | 線形的時間記述の不完全性の補完 |
| 性質 | 計算技法 | 時間記述の構造的拡張 |
Hartle–Hawking 無境界仮説における虚時間は実時間の解析接続として導入される計算技法であり、その目的は特異点という数学的破綻の回避にある。これに対し本稿の虚時間itはtと独立した記述軸として要請され、その目的は線形的時間記述の不完全性の補完にある。両者は競合しない。
むしろ、物理学的虚時間が技法として有効に機能するという事実そのものが、本稿の立場からは示唆的である。本稿は、その有効性の背後に時間構造そのものの二次元性という事態がありうるのではないか、という問いを開く位置にある。したがって本稿の虚時間は、物理学的虚時間の代替理論ではなく、特定の物理理論の採否から独立に成立する、時間記述の形式論である。
結論
本稿は、時間を一次元の線形的な流れとして捉える通念に対し、時間が実時間軸tと虚時間軸itの合成 T = t + it として構成される二次元構造として記述されるとする提案を行った。その根拠は一点に集約される。現在において異なる位相が共存するという事態は、t軸の細分化によっても区間への置き換えによっても回収されず、tの前後関係に還元されない。本稿はこの位相共存の還元不可能性を、それを実時間軸上で再構成する二つの試み──保持の畳み込みと区間への延長──がそれぞれ直面する困難を通じて論証した(§05)。本稿は記述の非閉鎖の提示にとどまり、それが実在について含意するところの検討は、本シリーズにおいて応答の位置を占める別稿に委ねる。
本稿は現象学が記述した「線形時間では捉えられない時間構造」を、別の語彙で言い換えたものではない。また、時間を二次元として定式化する形式そのものは、特殊現在を説明するための先行する試み(Dobbs, 1951; Broad, 1959)をもつ。本稿の主張は二次元という形式の新しさにあるのではなく、その軸が、第二の時間順序としてでも実在的次元としてでもなく、t単独記述の非閉鎖から要請される非実在の記述次元として導入される点にある。位相の共存がtに還元されない独立の記述次元をなすことを示し、これを複素的時間という形式のもとに位置づけた点に、本稿の寄与がある。
数の体系が一次元から二次元へ拡張されたことが数学・物理学に広範な含意をもたらしたように、時間理解の一次元から二次元への拡張は、線形時間を前提として成り立つ諸範疇の記述的再配置を要請する。とりわけ、t軸上で隔たった位相が共存する事態を扱う構造的同時性の一般理論は、本稿で論じた現在の位相共存を、隔たりがごく小さい特殊な場合として含む。その形式的精密化、および第二論文の起こり概念との構造的統合が、続く課題となる。
より広く見れば、本稿の議論は、一つの記述上の原理──閉じない記述は、それを補完する独立軸を最小限だけ要請する(原理1)──の、時間構造への適用として位置づけられる。同じ原理は、第一層の複素数および第二層の Z = D + iD においてすでに働いており、虚時間はその系列における第三の事例であると同時に、最小拡張原理がはじめて原理として明示される場でもある。この観点からは、本稿は時間についての論考であると同時に、記述の非閉鎖とその最小拡張をめぐる、より一般的な枠組みの一事例の提示でもある。その一般化の本格的な展開は、本シリーズの後続の課題となる。
本稿が示したのは、時間そのものの本性ではない。現在において異なる位相が共存するという事態が、一次元の時間記述には収まらず、それに直交する記述軸においてはじめて位置づけられるという、時間記述の構造である。
References
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How to Cite
Muranushi, Y. (2026). Imaginary time: Descriptive non-closure and the principle of minimal extension. ï.Fragmenta, 5, 1–15. https://doi.org/10.5281/zenodo.21185463
Muranushi, Yuma. 2026. “Imaginary Time: Descriptive Non-Closure and the Principle of Minimal Extension.” ï.Fragmenta 5: 1–15. https://doi.org/10.5281/zenodo.21185463.
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